#32 『ノッキング・オン・ヘブンズ・ドア』
『ノッキング・オン・ヘブンズ・ドア』 KNOCKING ON THE HEAVEN'S DOOR
1997年/ドイツ
共同脚本・監督:トーマス・ヤーン
出演:ティル・シュワイガー 、ヤン・ヨーゼフ、ティエリー・ヴァン・ワーボッケ、ルトガー・ハウアー
余命僅かと宣告された男が二人。病院の同室に放り込まれ、絶望のうちに1つの酒瓶を手に取る。テキーラ。病院の調理室に忍び込んだ二人はレモンをかじり、塩をなめ、テキーラを浴びる。やがて片方の男は天国の話を始める。天国では今、海の話をするのが流行っている。お前は海を見たことがあるのか?もう一人の男は首を振る。ない。
じゃあ行こう。
これが、この映画の語りだし。
なんだかちょっと照れ臭いですよね。マジメな顔して見るには多少ひねくれてますから。十代は終わったのです。
でも、この後...
千鳥足の二人の男は駐車場で一台のスーパーカーを発見。これにしよう。鍵がないよ。ダッシュボードから音がする。鍵がある。男二人は酔ったまま、盗んだ車を走らせ海へ向かう。やがて朝がきて、二人は決める。どうせ死ぬのだから、警察は怖くない。強盗をして、金を使って、やりたいことをやって死のう。ところが二人の盗んだ車はマフィアの取引に使われる筈だったもので...。
余命僅かや不治の病を宣告されてからの生き様を描いた映画は割と多い※。だけど、この映画がそれらと大きく異なるのは、気持ちいいぐらいのB級テイスト、エンターテイメント精神に溢れているところ。80年代後半~90年代初頭のハリウッド映画に似た味わい。
実際、主役の男が繰り広げる珍道中は見ていて気持ちがいい。
余命僅か、時間はない、やれることは限られる。何をしよう?今回絵に描いたのはその「やりたいこと」の一つ。この映画でとても好きな場面の一つ。詳しく語るのは未見の方々のためにとっておきましょう。
※【余命僅かや不治の病を宣告されてからの生き様を描いた映画】・・・名作なら黒沢さんの『生きる』(52)、B級ならアンディ・ガルシアの『デンバーに死す時』(95)とかね。映画にはもってこいの題材。
実はこの映画を見るのは三回目。
一度目はジャケ借り。日本リメイクも何にもなくて、一部の映画ファンに知られている程度だったと思う。
二度目は友人とテキーラを呑みながら。いい酒の肴になりました。
そして今回三度目。じっくりと画面の隅々まで観賞したが、三度目に関わらず楽しめた。
デジタル全盛の今の映画を見慣れてしまうと、本作のザラザラとしたフィルムの質感が嬉しい。映画は活動大写真。そんな言葉を思い出す。色彩がキレイで、ここらへんもハリウッドとは違うなぁ、と改めて眺めてしまう。
ドンパチは四六時中鳴ってるけど、最後まで銃撃戦による死傷者は出ない。映画のテーマがテーマだけにそりゃそうか。
ラスト、とうとうマフィアに捕まった主役二人。
殺されちゃうのか、と思ったとき、マフィアの大ボスが出てきてこう言った。
「行かしてやれ(逃がしてやれ)」
このシーン、なんででしょう、と聞かれた。二人を放免する理由がないと。
あぁ、なるほど。そうだよなぁ、と逆に私は感心してしまったのです。つまり、このボスは人物描写とか一切されていないにも関わらず話の分かる親分、という設定がされていて、観客もそれに納得しちゃうんです。ちなみに演じてるのはルトガー・ハウアー。
従って私はこう説明しました。
「もしこれが日本映画で、ボスが年取ったヴァージョンの勝さん(勝新太郎)だったら、いきなり出てきてこういうシーンになってもなんとなく...納得しちゃうでしょ?」
ちゃんと分かってくれましたよ。
そういうことですよね?
1997年/ドイツ
共同脚本・監督:トーマス・ヤーン
出演:ティル・シュワイガー 、ヤン・ヨーゼフ、ティエリー・ヴァン・ワーボッケ、ルトガー・ハウアー
余命僅かと宣告された男が二人。病院の同室に放り込まれ、絶望のうちに1つの酒瓶を手に取る。テキーラ。病院の調理室に忍び込んだ二人はレモンをかじり、塩をなめ、テキーラを浴びる。やがて片方の男は天国の話を始める。天国では今、海の話をするのが流行っている。お前は海を見たことがあるのか?もう一人の男は首を振る。ない。
じゃあ行こう。
これが、この映画の語りだし。
なんだかちょっと照れ臭いですよね。マジメな顔して見るには多少ひねくれてますから。十代は終わったのです。
でも、この後...
千鳥足の二人の男は駐車場で一台のスーパーカーを発見。これにしよう。鍵がないよ。ダッシュボードから音がする。鍵がある。男二人は酔ったまま、盗んだ車を走らせ海へ向かう。やがて朝がきて、二人は決める。どうせ死ぬのだから、警察は怖くない。強盗をして、金を使って、やりたいことをやって死のう。ところが二人の盗んだ車はマフィアの取引に使われる筈だったもので...。
余命僅かや不治の病を宣告されてからの生き様を描いた映画は割と多い※。だけど、この映画がそれらと大きく異なるのは、気持ちいいぐらいのB級テイスト、エンターテイメント精神に溢れているところ。80年代後半~90年代初頭のハリウッド映画に似た味わい。
実際、主役の男が繰り広げる珍道中は見ていて気持ちがいい。
余命僅か、時間はない、やれることは限られる。何をしよう?今回絵に描いたのはその「やりたいこと」の一つ。この映画でとても好きな場面の一つ。詳しく語るのは未見の方々のためにとっておきましょう。
※【余命僅かや不治の病を宣告されてからの生き様を描いた映画】・・・名作なら黒沢さんの『生きる』(52)、B級ならアンディ・ガルシアの『デンバーに死す時』(95)とかね。映画にはもってこいの題材。
実はこの映画を見るのは三回目。
一度目はジャケ借り。日本リメイクも何にもなくて、一部の映画ファンに知られている程度だったと思う。
二度目は友人とテキーラを呑みながら。いい酒の肴になりました。
そして今回三度目。じっくりと画面の隅々まで観賞したが、三度目に関わらず楽しめた。
デジタル全盛の今の映画を見慣れてしまうと、本作のザラザラとしたフィルムの質感が嬉しい。映画は活動大写真。そんな言葉を思い出す。色彩がキレイで、ここらへんもハリウッドとは違うなぁ、と改めて眺めてしまう。
ドンパチは四六時中鳴ってるけど、最後まで銃撃戦による死傷者は出ない。映画のテーマがテーマだけにそりゃそうか。
ラスト、とうとうマフィアに捕まった主役二人。
殺されちゃうのか、と思ったとき、マフィアの大ボスが出てきてこう言った。
「行かしてやれ(逃がしてやれ)」
このシーン、なんででしょう、と聞かれた。二人を放免する理由がないと。
あぁ、なるほど。そうだよなぁ、と逆に私は感心してしまったのです。つまり、このボスは人物描写とか一切されていないにも関わらず話の分かる親分、という設定がされていて、観客もそれに納得しちゃうんです。ちなみに演じてるのはルトガー・ハウアー。
従って私はこう説明しました。
「もしこれが日本映画で、ボスが年取ったヴァージョンの勝さん(勝新太郎)だったら、いきなり出てきてこういうシーンになってもなんとなく...納得しちゃうでしょ?」
ちゃんと分かってくれましたよ。
そういうことですよね?


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